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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2688号 判決

控訴人(原告)

関節子

被控訴人(被告)

田村秀雄

ほか一名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは連帯して控訴人に対し金一六万九、三〇〇円および内金一一万九、三〇〇円に対する昭和四四年三月七日から支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、第二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの連帯負担とする。

五  この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。被控訴人らにおいて各自または共同して金一七万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人らは連帯して控訴人に対し金八六万七、五四四円および内金七一万七、五四四円に対する昭和四四年三月六日から支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。(三)訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決および右第二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

〔証拠関係略〕

理由

一  控訴人が昭和四四年三月六日控訴人主張の兎平バス停留所付近において被控訴人田村秀雄運転の普通乗用バス(以下本件バスという。)乗降口から降車しようとした際路上に転倒したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、右事故の態様および原因について判断する。

〔証拠略〕を総合すれば、被控訴人田村秀雄は、前記日時の午前中本件バス(五五人乗り貸切大型バス)に水戸市内で開かれる創価学会の会合に出席予定の団体客(同学会員)多数を乗せ、車掌小椋笑子同乗のもとに、同バスを運転して高萩市内から水戸市内に向けて走行中、前記兎平バス停留所付近で控訴人が停車の合図をしたため、同バスを右停留所付近の道路左側に寄せて停車させたこと、一方控訴人は、一時間余も前から同停留所において、右と同様同会合に出席するため自己が乗車予定をしていた貸切バスの到着を待つていたが、到着予定時刻をすぎても来ないので、本件バスの団体客の責任者にその様子をたずねようとして、同所で右のように本件バスを停車させたことおよび控訴人は、本件バスが停車するやその左前部乗降口から同バスに乗車し、右団体客の責任者らに自己の乗車予定のバスが到着予定時刻をすぎても来ないがどうしたのかをたずねたところ、間もなく到来すべき旨の返答をえたので、早速同乗降口から降車しようとしたものの、降車するに際して路上に転倒するにいたつたことが認められる。ところで、その際の事情につき、〔証拠略〕によれば、控訴人は本件バスが停車した際、その左前部乗降口から車内床上まで上がり、車内に向つて乗客の責任者らと会話を交わしたのち、方向転換をしたうえ車外に向つて同乗降口からステツプを順次踏み降りて第一段目のステツプにいたり、同ステツプから片足(左右いずれか判然としないが)をおろして着地しようとした瞬間、すでにバスが発進を開始していたため、ちようど波にさらわれるような状態で足をとられ、頭部をほぼバスの進行方向(したがつて、足をその反対方向)に向け両足を上げ仰向けに路上に転倒するにいたつたが、右バスはそのまま進行を続けてその場より走り去つた旨供述しているのに対し、当時本件バスの車掌であつた〔証拠略〕によれば、控訴人は、本件バスが停車した際前記乗降口の第一段目のステツプに上がり、同ステツプ上に立つたまま車内を見ながら乗客と会話を交わしたのち、同ステツプ上に両足を揃えたまま、しかも後向きの状態のままでポンと後ろに飛び降りたため、自分自身で平衡感覚を失い路上に転倒するにいたつたが、直ぐ自力で起き上がり前記停留所の方に行つたので、同じステツプ上に位置していた車掌の自分も早速バスから降りて控訴人のもとに行き、その安否をたずねたところ、大丈夫だというので、バスに戻り同乗降口のドアーを閉め発車の合図をしたのち、右バスは同所を発進した旨供述し、〔証拠略〕によれば、控訴人が本件バスから降車する際には前記乗降口の第二段目のステツプより後ずさりして降りて行つたが、その際一時姿が見えなかつた車掌が間もなく車内に戻り控訴人が降車の際路上に転倒したものの大丈夫だなどと報告しながら右乗降口のドアーを閉めたうえ発車の合図をしたので、右合図にしたがつて同バスを発進させた旨供述している。

しかしながら、〔証拠略〕によれば、当時控訴人は満四八年の中年婦人であつて、体重も約七六キログラムという肥り気味の体格であつたうえに冬オーバーに中ヒールの革靴を着用していたことが認められるのであるから、そのような控訴人が地上から高さ約四〇センチメートルもある(このことは〔証拠略〕によつて認められる。)右乗降口の第一段目のステツプ上から両足を揃えたまま、しかも後向きの状態でポンと後方に飛び降りるとか、あるいはまた、同乗降口の第二段目のステツプから順次後ずさりして降車するなどということは、そのこと自体きわめて不自然なことであると思われるし、〔証拠略〕によれば、本件バスが前記停留所付近に停車した際控訴人が一たんそのバスの乗降口から車内に乗り込んだものの、間もなく同人がその乗降口から頭部をバスの進行方向に向け両足を上げて仰向けに路上に転倒するにいたつたこと、控訴人が横転した際バスはすでに動いており、一時停止もせずそのまま進行を続けてその場より走り去つたことおよび控訴人が横転した際に車掌がバスから降りてきて控訴人にその安否などをたずねた事実のないことを供述し、〔証拠略〕によれば、本件バスが前記バス停付近に停車した際控訴人が同バスに乗り込んできて乗客と話をしていたが、その後バスから降車するに際し路上に仰向けに転倒したこと、その際すでに同バスは、同証人ら乗客が右横転したままの状態にあつた控訴人を窓越しに見送るような状態のままで動き出していたことおよびその前後に車掌がバスから降車したこともなく、同バスはそのまま進行を続け同所から走り去つたことを供述し、さらに前出控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は、右転倒によつて、その主張の傷害を受けたが、続いて到来した他のバスに乗車して水戸市内の目的地に到着した際、同所に多数のバス運転者らがいたのにかかわらずわざわざ本件バスの運転者および車掌をさがし出したうえ、同人らに対し右の際における転倒の事実を告げてバス運転に注意するように申し出ていることが認められることなどからすれば、前記富岡証人および被控訴人田村秀雄本人の各供述部分は、いずれも右のように不自然な点があるばかりでなく、事のいきさつがありのまま述べられてない疑いがあるので採用しがたく、むしろ前記控訴本人の供述の方が自然であるばかりでなく、〔証拠略〕にも合致するところがあり、事のいきさつをそのまま伝えるものとして信を措けるものと思われる。

そこで、〔証拠略〕を合わせ考えれば、被控訴人田村秀雄は、前記のように自己の運転する本件バスを右バス停付近で一たん停車させたところ、その左前部乗降口から車内床上まで乗り込んできた控訴人が車内に向つて乗車中の団体客の責任者らと暫時会話を交わしたのち、方向転換をして車外に向い同乗降口から順次ステツプを下り第一段目のステツプ上から路上に左足をおろして降車しようとしたものの、まだ他の片足が同ステツプ上に乗せたままの状態にあつて完全に降車し終つていなかつたのに、不用意にも同バスを発進させたため、その動きにより足をさらわれて平衡を失い、その結果頭部をバスの進行方向に向けて仰向けに路上に転倒し、前記控訴人主張の傷害を受けるにいたつたものであると認めざるをえないのである。

そして、控訴人が右のように頭部をバスの進行方向に向けて路上に転倒したからといつて、このことが必ずしも右の認定、すなわち控訴人がバスの動きによつて足をさらわれ転倒したとの認定の妨げとなるものでないことはいうまでもなく、他に前記の認定を動かすのに足りる証拠はない。

三  つぎに被控訴人らの責任原因について判断する。

被控訴人田村秀雄は、バスの運転者としてバスから降車しようとする者があるときは、その者が完全にバスから降車し終るのを見きわめるとともに、車掌の発車合図を確認したうえで発車し、もつてその際における乗客の転倒事故等を未然に防止すべき注意義務があるものというべきところ、同被控訴人は、控訴人が前記のとおり本件バスから降車するに際し同人がまだ完全に降車し終らないうちに前記確認をしないままに本件バスを発車させたため、右転倒事故の発生となつたのであるから、前記注意義務を怠つた者として同事故について過失の責を免れず、したがつて同被控訴人は、不法行為者として右事故によつて控訴人に生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

つぎに、被控訴人日産観光株式会社が本件バスを所有し、自己のために運行の用に供しているものであることは当事者間に争いがないから、同被控訴人会社は、自賠法第三条の規定により右事故によつて控訴人に生じた損害を賠償すべき義務のあることが明らかである。

四  よつて、以下控訴人主張の損害額について判断する。

(一)  治療費等について。

文書の形式および趣旨から〔証拠略〕を合わせれば、控訴人は、前記打撲傷を負つた結果昭和四四年三月一七日から同四五年六月三〇日までの間高野療術院に通院して同院において電気温熱療法等による治療を受け、その費用として被控訴人会社から支払を受けた分以外になお少くとも控訴人主張の一万七、五〇〇円が未払となつて残つていてこれと同額の損害をこうむつたことおよび控訴人は、右通院のため自宅から同院までのバス代として一回往復一〇〇円、一八回分合計一、八〇〇円を支出しこれと同額の損害をこうむつたことが認められる。

控訴人はバス代として右のほか二回分二〇〇円を支払いかつ、売薬購入代および雑費として一万円を支出したと主張し、いくらかの支出をしたであろうと推察できないではないが、これについてその額を確認するのに足りる証拠はない。

(二)  休業損害および逸失損害について。

控訴人は、その主張の期間高野療術院へ治療のために通院し、主婦としての活動を休んだため一日金一、〇〇〇円に相当する損害を受けた旨および本件打撲傷によつて招来した後遺症により今後少くとも三年間は労働力を減殺され、その減殺率を金銭に評価すれば少くとも一日金三〇〇円に相当する旨主張し、それらについても前記傷害の程度などからして、いくらかの損害のあつたであろうことを全く否定できないが、その額を確認するのに足りる証拠はない。

(三)  慰藉料について。

控訴人が本件事故によつて前記認定の傷害を受け、幾多の精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができるところ、前出本件事故の態様、原因および傷害の部位、程度その他諸般の事情を総合勘案すれば、右精神的苦痛に対する慰藉料額は金一〇万円をもつて相当と認める。

(四)  弁護士費用について。

控訴人は、本件事故を原因として被控訴人らに対し前認定のとおり損害賠償請求権を有するところ、被控訴人らから任意の弁償を受けられないので、その取立のため本件訴訟の提起および遂行を本訴訟代理人である弁護士赤津三郎に委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件審理の経過、事案の難易および控訴人に認められる損害賠償額等にかんがみるときは、同弁護士に支払うべき手続費用および報酬金の合計額のうち金五万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害として被控訴人らに連帯負担させるのが相当である。

五  そうすると、被控訴人らは、それぞれ前記のとおりの損害賠償義務を負ういわゆる不真正連帯債務者として、控訴人に対し以上認定の損害金合計一六万九、三〇〇円および右弁護士費用を除く合計金一一万九、三〇〇円に対する本件不法行為の翌日である昭和四四年三月七日から右支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うべき義務があるものといわなければならないから、控訴人の請求は右認定の限度において正当としてこれを認容すべく、その余は失当としてこれを棄却すべきものである。

六  よつて、右と趣を異にする原判決は不相当であるからこれを取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条および第九三条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 岡垣学 唐松寛)

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